2016年02月05日

全体(バランス)が大事2

前回の続き
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少し昔のことだが、王貞治監督が胃がんで手術をして終わった後、会見をしたことがあり、すごく印象に残っていることを言っていた。
王監督は痩せられていたけど目は生き生きしていて「またチームに戻りたい、また野球をやりたい」と言ったあとにすごく感動する次の言葉を言った。

「またチームに戻って優勝する喜び、そして負ける悔しさをもう一度味わいたい」

このときに王監督は本当に野球を愛しているんだなと思った。本当だったら

「優勝する喜びは味わいたいけど負ける悔しさは味わいたくない」

と感じるはずである。
普通は成功したいけど失敗はできれば味わいたくないと思うはずである。

でも、王監督にとっては勝とうが負けようが野球は野球で、野球を本当に愛しているのだ。
だから勝った喜びはすばらしい、でも負けた悔しさもこれも味わい深いものなんだ、捨てがたいものなんだと。
こういう気持ちで自分の目標に向かっていきたいものだ。
野球にかかわらず色々な人たちが王監督を尊敬する人に挙げる、信頼するに値する人なのだと感じる。
WBCで王さんが監督だった時、イチローが
「僕は王監督が監督をされるということでこれに参加しました。王監督は本当にすばらしい嘘のない人なんです。」
王監督がどういう指導をするかではなく、王監督がどういう人かということで乗り出していった。
王監督がすばらしいということがどういうところに表れていっているかというと、勝ったから野球が好きなのではなく、勝って優勝して胴上げされようが、負けて涙を流して悔しがろうがそれも素晴らしいのだ。
勝っても素晴らしい、負けても素晴らしい、そう言えてこそ野球を愛しているということだ。

あなたが目標を掲げた時にその目標を愛しているかどうかということは、その目標がうまくいっても嬉しい、うまくいかなかったとしても愛するものに一所懸命に取り組んだからそれもまた味わい深いんだと。
この目標のために日々、心を注いで、エネルギーを注いだことに誇りを感じると。
ほめられようが、けなされようが、僕はこれを好きだからやっていく。
そう思えた時にあなたの目標に対する愛というのは本物になっていく。
実現するからその目標を掲げた価値があるのではない。
恋愛が成就するからその人を好きになった価値があるのではない。
好きだと思えるものを心の中に持てたこと、そして、それに対して一所懸命になれたことそのものの中に価値があるのだ。

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以上

いろいろと気づかされる内容である。

オジサンまだまだ王さんに比べて未熟なせいか、正直、ナンパも連れ出ししてゲットできてナンボだと思ってしまう。

しかしながら、ナンパをやってきて思うのは実際にやってみないと見えない世界も本当にあるのだなということである。
無視、ガンシカ、断りの連続でここまで厳しい世界なのかと思いながらも、中にはお茶につき合ってくれるオナゴもいるし、ナンパをした後は、一匹のオスの本能として見ず知らずのメスに求愛活動ができた?という妙な達成感もある。
そして、この厳しい世界で同じ志を持つ者と知り合い、合流させていただき、社会人になっても、学生の頃のような気分になれる仲間ができるのはありがたいことであり財産である

また、若いオナゴに気持ち悪がられて断られた後にはこんなオジサンを、受け入れてくれた妻に対し感謝の念が生じ!?優しく対応できる。

そう考えると、ナンパで成功(性交)するのは素晴らしいことだが、無視、ガンシカ、断られることもまた味わい深いものなのかもしれない

これからもナンパという行為を愛してチャレンジしていきたいと思うオジサンであった

走る仲間.jpg







posted by しんさく at 11:22 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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